Web3やNFTは、一時期の「デジタルアートを売買する仕組み」というイメージから、少しずつ使われ方が変化しています。企業の取り組みを見ると、現在重要になっているのはNFTそのものを販売することではなく、会員証、参加履歴、限定体験、共創への参加権などをデジタル上でつなぐことです。
一方で、NFTを発行すればファンが増えるわけではありません。ウォレットの利用が参加障壁になったり、特典が続かなければ保有する意味が薄れたりするため、技術より先に「誰と、どのような関係をつくりたいのか」を考える必要があります。
この記事では、2026年時点の公式情報をもとに、Web3・NFTを活用した企業事例と、コミュニティマーケティングへ取り入れる際の設計ポイントを整理します。まず全体像を確認したい方は、顧客との関係を軸にしたコミュニティマーケティングの基本もあわせてご覧ください。
Web3・NFTをコミュニティマーケティングで使う意味
経済産業省はWeb3.0を、ブロックチェーン上で暗号資産などのトークンを媒体として「価値の共創・保有・交換」を行う経済として整理しています。NFT、DeFi、GameFi、メタバースなどは、その具体的な利用領域として挙げられています。
コミュニティマーケティングの視点で重要なのは、ブロックチェーンの技術そのものではありません。従来は企業側の会員データベースだけで管理していた「参加した」「貢献した」「資格を持っている」といった状態を、NFTやトークンと組み合わせて設計できる点にあります。
NFTは「会員証」「参加証」として活用できる
NFTには、それぞれを識別できる情報と取引履歴をブロックチェーン上に記録できる特徴があります。そのため、限定企画への参加資格、イベント参加証、デジタルコレクション、活動実績を示す証明などに利用できます。
ただし、「NFTを持つこと」と「NFTに紐づく画像や作品の著作権を持つこと」は同じではありません。NFTを取得しただけで著作権などの権利が自動的に移転するわけではなく、利用できる範囲は規約や契約によって決まります。
参加履歴に応じて体験を変えられる
Web3の特徴を活かすと、購入金額だけでなく、イベント参加、アイデア投稿、他の参加者へのサポート、コンテンツ制作など、さまざまな活動を参加履歴として扱う設計が考えられます。
重要なのは「たくさん買った人だけを優遇する」という発想から離れることです。ブランドへの貢献には、情報発信、レビュー、作品制作、イベント参加、初心者へのサポートなど多様な形があります。何を価値ある行動として評価するかを明確にすることが、制度設計の中心になります。
DAOは「全員で何でも決める仕組み」ではない
Web3とともに語られることの多いDAO(Decentralized Autonomous Organization)は、トークンやブロックチェーンを活用しながら、参加者が意思決定に関与する組織・プロジェクトの仕組みです。
ただし、DAOだからといって、すべての判断を多数決にする必要はありません。ブランド戦略や法務、個人情報、安全管理など企業側が責任を持つべき領域と、企画提案やテーマ選定など参加者に委ねる領域を分けた方が現実的です。
Web3を取り入れる場合でも、関係づくりの基本は変わりません。顧客との信頼をどう育てるかについては、顧客エンゲージメントを高める考え方も参考になります。
Web3・NFTを活用した企業事例4選
Web3施策を検討するときは、「NFTを何枚販売したか」だけを見るのではなく、NFTがどのような体験につながっているかを見ることが重要です。ここでは、企業公式情報を確認できる事例から、異なる4つの活用パターンを紹介します。
事例1:カシオ「VIRTUAL G-SHOCK」―無料の参加証から共創へ
カシオ計算機は2023年、「VIRTUAL G-SHOCK」プロジェクトを開始しました。特徴的なのが、NFTを最初から高額商品として販売するのではなく、「G-SHOCK CREATOR PASS」という参加証として無料配布したことです。
初回は15,000個を用意し、保有者はDiscord上で実施される共創企画などに参加できる設計としました。公式発表によれば、初回15,000個は約6時間で配布を終了しています。
さらに2025年にはWeb3ゲーミングプラットフォーム「The Sandbox」と連携し、G-SHOCKの歴史や耐衝撃試験をテーマにした無料ゲーム「G-SHOCK City」を展開。アバターやNFTアイテムの販売も組み合わせています。
つまりNFT単体ではなく、無料参加→交流→共創→ゲーム体験→デジタルアイテムと接点を増やしている点が参考になります。
カシオ「G-SHOCK City」に関する2025年の公式発表
事例2:日産「NISSAN PASSPORT BETA」―NFTと活動ポイントを組み合わせる
日産自動車は「NISSAN PASSPORT BETA」で、メンバーシップNFT、Discordでの交流、活動に応じたポイント(トークン)、イベントや特典を組み合わせた実証実験を行いました。
公式サイトによれば、初回のNISSAN PASSPORT BETAは5,523個を発行。Discordの「NISSAN PASSPORT Community」は4,500人を超える参加者を集め、企画・開発担当者とのトーク、フォトコンテスト、アイデア投稿、新車関連イベントなどを実施しています。
また、一般的なWeb3サービスで参加障壁になりやすいガス代を日産側が負担し、独自ウォレットを用意するなど、初心者が参加しやすい導線も設けています。
一方、この実証サービスは2026年10月28日18時に終了予定であることも公式に発表されています。日産自身もBETA期間で得た参加者の意見や共創活動を「今後の新しいサービスづくりにおける大切な財産」と位置づけています。
日産「NISSAN PASSPORT BETA サービス終了のご案内」
この事例から学べるのは、Web3施策を必ずしも恒久サービスとして始める必要はないことです。実証期間を設定して顧客行動や参加動機を検証し、次の施策へ知見を残す方法もあります。同時に、NFTや独自ウォレットを使う場合は、サービス終了時のデータや保有物の扱いまで最初から決めておく必要があります。
事例3:Nike「.SWOOSH」―商品を売る前に参加の場をつくる
Nikeは2022年にWeb3プラットフォーム「.SWOOSH」を発表しました。Nikeはこれを、バーチャルなプロダクトを学び、集め、将来的には共同制作にも参加できるデジタル空間として位置づけています。
2023年に最初のデジタルコレクション「Our Force 1」を展開した時点で、公式発表では.SWOOSHのメンバーは33万人を超えていました。メンバーがコレクションづくりに関与するほか、デジタルアイテムからリアル商品や体験へのアクセスにつなげる構想も示されています。
Nike「.SWOOSH」発表
Nike「Our Force 1」公式発表
ここで注目したいのは、NFTを「販売する商品」だけとして扱わず、ブランドについて学ぶ場や共同制作への入口として設計していることです。企業がWeb3を活用する場合にも、最初から購入を求めるより、参加・理解・体験を先に置く設計が考えられます。
事例4:JAL「KOKYO NFT」―デジタル所有ではなく地域との関係をつくる
日本航空(JAL)は博報堂と共同で、地域でしかできない体験をNFTと組み合わせる「KOKYO NFT」の実証実験を開始しました。
目的として掲げたのは、NFTそのものの売買拡大ではありません。地域ならではの体験をきっかけに、訪問者と地域の関係を旅行前後も継続し、「関係人口」を増やすことでした。
これはWeb3をファンクラブ型の施策だけに限定しない例です。商品、場所、イベント、文化など、リアルな体験の前後をつなぐ「関係継続の仕組み」としてNFTを使う考え方は、観光、スポーツ、教育、イベント、文化事業などにも応用できます。
企業事例から分かるWeb3コミュニティの5つの設計ポイント
1.NFTより先に「参加する理由」をつくる
「NFTを発行するので参加してください」では、技術に関心がある人しか集まりません。「新商品づくりに参加できる」「開発者と話せる」「好きなブランドの歴史を体験できる」といった、本来の参加理由を先に設計することが重要です。
何を求めている顧客なのかを探る段階では、顧客インサイトを発見して施策へつなげる考え方も役立ちます。
2.購入だけでなく「行動」を評価する
Web3の利点を活かすなら、単純な購入額によるランク分けだけでなく、投稿、イベント参加、アイデア提供、他のメンバーへの支援なども評価対象にできます。
ただし、報酬目的の投稿ばかり増えると場の質が下がる可能性があります。報酬を設ける場合は「数」だけでなく、有用性や継続性も含めて評価する仕組みが必要です。
3.デジタル特典だけで完結させない
企業事例では、限定コンテンツだけでなく、リアルイベント、商品、開発担当者との交流、地域での体験など、オンラインとオフラインをつなぐ設計が目立ちます。
これはWeb3だから特別なのではなく、顧客体験全体を考えるというマーケティングの基本でもあります。
4.初心者をウォレットで脱落させない
Web3施策では、ウォレット作成、秘密鍵、ネットワーク、ガス代など、一般ユーザーにはなじみの薄い操作が発生する場合があります。
そのため、最初からすべての参加者にWeb3操作を求めるのではなく、「通常会員として参加できる」「必要になった段階でNFTを取得する」といった段階的な設計が有効です。日産が独自ウォレットやガス代負担を採用した事例も、参加障壁を下げるという点で参考になります。
5.技術より「伝え続けるコンテンツ」を設計する
NFTを配布しただけでは、人は継続的に参加しません。運営開始後には、開発者インタビュー、参加者紹介、イベントレポート、活用事例、メンバーの活動紹介、プロジェクトの進捗など、定期的に読めるコンテンツが必要です。
ファンとの関係を物語として積み重ねる方法については、ファンとの関係を育てるストーリーブランディング、継続的な情報発信についてはコンテンツマーケティングの基本も参考になります。
Web3・NFTを導入する前に確認したい4ステップ
ステップ1:目的をWeb3抜きで説明する
最初に「NFT」という言葉を使わず、何を実現したいかを書き出します。
- ファンと新商品を一緒につくりたい
- イベント参加者との関係を終了後も続けたい
- 長期間応援している顧客へ特別な体験を提供したい
- メンバーの活動や貢献を可視化したい
- オンラインとリアル店舗の体験をつなぎたい
既存の会員システムやCRMだけで十分なら、無理にNFTを使う必要はありません。Web3を導入する理由が明確な場合にだけ、技術を選択する方が合理的です。
ステップ2:参加者が得る価値を設計する
NFTを採用する場合は、保有することで何が変わるのかを明確にします。
- 限定記事・動画へのアクセス
- イベントへの優先参加
- 商品開発や企画への参加
- 投票への参加
- 限定商品やサービスの利用資格
- 活動履歴や参加実績の証明
特典は「豪華さ」だけで考えないことも重要です。企業担当者との対話や、開発過程を知る機会など、熱量の高いファンほど価値を感じる体験もあります。
ステップ3:参加後に発信するコンテンツを先に決める
立ち上げ時のキャンペーンより、開始後に何を発信し続けるかの方が重要です。例えば、次のような編集計画を事前に用意します。
- 月1回のメンバーインタビュー
- 商品開発・プロジェクトの舞台裏
- 参加者の活用事例
- イベントレポート
- 運営メンバーからの定期メッセージ
- アイデア募集と採用後の経過報告
参加者の声を継続して記事化すると、「誰が、なぜ参加し、どんな体験をしているのか」が新しい参加者にも見えるようになります。
ステップ4:終了時まで含めて運用ルールを決める
Web3施策では、「始め方」だけでなく「終わり方」も重要です。NFTに付随する特典はいつまで有効なのか、サービス終了後にNFTは残るのか、外部ウォレットへ移動できるのか、個人情報やアカウント情報をどう扱うのかなどをあらかじめ明示します。
日産の実証実験のように終了時期を設ける場合も、参加者が保有するものや活動履歴をどう扱うかを説明することが信頼につながります。
Web3・NFTで注意したい法務・税務・セキュリティ
Web3やNFTを使った施策は、トークンの設計や販売方法によって確認すべき法令が異なります。「NFTだから暗号資産ではない」「NFTなら金融規制と無関係」と一律に判断することは避けるべきです。
金融庁は2026年の暗号資産制度に関する整理で、現行法上暗号資産に該当しないNFTについては、暗号資産を対象とする今回の規制見直しの対象外としています。一方、実際の法的扱いはトークンの性質や利用方法によって異なるため、発行や販売を行う場合は個別の確認が必要です。
税務面では、国税庁がNFTやFTについて、財産的価値を有する資産と交換可能なものを用いた取引には所得税の課税関係が生じる場合があると案内しています。
また、ウォレットを使う施策では、フィッシング、不正サイト、秘密鍵の紛失、公式を装ったDMなどへの対策が不可欠です。利用者に高度なWeb3知識を要求するのではなく、企業側が「公式情報をどこで発信するのか」「問い合わせ窓口はどこか」を明確にしておく必要があります。
2026年のWeb3活用で重要なのは「NFTを売ること」ではない
企業事例を見ていくと、Web3・NFT活用の軸は、単純なデジタルアイテム販売から変化しています。
- カシオ:NFTを参加証にして共創やブランド体験につなげる
- 日産:活動、ポイント、限定体験、企業との対話を組み合わせる
- Nike:商品販売の前に学習・参加・共創の場をつくる
- JAL:NFTをリアルな地域体験と継続的な関係の入口にする
共通しているのは、NFTそのものよりも「NFTを持った後に何が起こるか」を設計している点です。
Web3技術を導入しなくても、ユーザーインタビュー、メンバー紹介、イベント、参加型の商品開発、活用事例などを通じて同じ方向性の関係づくりはできます。むしろ、それらの活動が先に存在し、参加資格や履歴を持ち運ぶ必要が出てきたときにNFTを加える方が自然です。
Web3・NFT時代のコミュニティマーケティングで考えるべき問いは、「NFTをどう売るか」ではありません。参加者が継続して関わりたくなる理由をどうつくり、その体験をどう記録し、次の関係へつなげるかです。
よくある質問(FAQ)
Q1. Web3やNFTを使わないとコミュニティマーケティングはできませんか?
いいえ。SNS、会員サイト、メール、イベントなどでも十分に実践できます。参加資格や活動履歴をデジタル資産として扱いたい場合や、複数サービスを横断する仕組みをつくりたい場合などに、Web3を選択肢として検討するとよいでしょう。
Q2. NFTを会員証として利用するメリットは何ですか?
参加資格や保有状況をデジタル上で確認し、限定コンテンツ、イベント、投票、特典などと組み合わせられる点です。ただし、通常の会員データベースで実現できる場合もあるため、NFTを使う必然性を確認する必要があります。
Q3. NFTを発行すればファンのエンゲージメントは高まりますか?
NFTを発行するだけでは高まりません。参加者が読みたい情報、参加したい企画、他のメンバーとの交流、企業との対話など、継続する理由が必要です。NFTはそれらを支える手段の一つと考えるのが適切です。
Q4. NFTを持っていれば画像やキャラクターの著作権も取得できますか?
必ずしも取得できません。NFTの保有と、NFTに紐づく画像・映像・キャラクターなどの著作権は別の問題です。利用可能な範囲はプロジェクトごとの規約や契約を確認する必要があります。
Q5. 企業がWeb3・NFT施策を始める場合、最初に何を決めるべきですか?
技術やブロックチェーンを選ぶ前に、「誰と、どのような関係をつくりたいか」を決めることが重要です。そのうえで参加体験、提供するコンテンツ、特典、運営体制、終了時の対応を設計し、必要に応じて法務・税務・セキュリティの専門家へ確認します。
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